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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1666号 判決 1985年12月23日

昭和五八年(ネ)第一六六六号事件控訴人

同年(ネ)第一七〇六号事件被控訴人(以下、「第一審被告」という。)

堤トウ

吉川八三

吉川豊三郎

荒船四郎

右四名訴訟代理人弁護士

角南俊輔

昭和五八年(ネ)第一六六六号事件被控訴人

同年(ネ)第一七〇六号事件被控訴人(以下、「第一審原告」という。)

秩父市

右代表者市長

加藤博康

右訴訟代理人弁護士

新井嘉昭

笠井収

昭和五八年(ネ)第一七〇六号事件控訴人

第一審参加人(以下、「参加人」という。)

児玉隆二

右訴訟代理人弁護士

江川洋

主文

一  原判決主文第一項を取り消す。

二  第一審原告秩父市の請求を棄却する。

三  参加人児玉隆二の控訴及び当審における請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、第一審原告秩父市と第一審被告堤トウ、同吉川八三、同吉川豊三郎、同荒船四郎との間に生じた分は第一審原告秩父市の負担とし、参加人児玉隆二と右第一審被告らとの間に生じた分は同参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(昭和五八年(ネ)第一六六六号事件)

一  第一審被告ら

主文第一、二項と同旨

訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

との判決

二  第一審原告

控訴棄却の判決(予備的請求を取下げ)

(昭和五八年(ネ)第一七〇六号事件)

一  参加人

1  原判決を取り消す。

2  参加人と第一審原告及び第一審被告らとの間において、参加人が原判決添付目録(一)の土地(以下、「本件(一)土地」という。)につき所有権を有することを確認する。

3(一)  主位的請求(当審における新請求)

第一審被告らは参加人のために、本件(一)土地について、

(1) 秩父市農業委員会に対する農地法三条による所有権移転許可申請手続をせよ。

(2) 右許可がなされたときは、昭和二三年四月七日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(二)  予備的請求(当審において請求拡張)

第一審被告らは参加人に対し、本件(一)土地に対する各四分の一の持分について、それぞれ昭和二三年七月(日不詳)時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告及び第一審被告らの負担とする。

との判決

二  第一審原告

控訴棄却の判決

三  第一審被告ら

主文第三項と同旨の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加、訂正、削除するほかは原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

一  原判決五枚目表九行目冒頭から原判決六枚目表一〇行目末尾まで及び原判決六枚目裏五行目冒頭から原判決七枚目表六行目までをいずれも削除し、原判決六枚目表末行「3(1)」を「2」と、原判決七枚目表七行目「4」を「3」とそれぞれ改める。

二  原判決八枚目表四行目冒頭から同裏三行目までを次のとおり改める。

2 2の事実は認める。

3 3は争う。

三  原判決九枚目表三行目「申入れ、以後その」を「申し入れたので、本件売買契約は条件成就が不能となつた昭和二三年三月ころ効力を失つた。また、米吉は、その後も右条件の履行を求めたが、第一審原告はその」と改める。

四  原判決九枚目裏五行目の次に行を改め、次のとおり加える。

3 第一審原告と米吉間において昭和二三年四月七日に締結された本件(一)土地の売買契約は第一審原告の強迫に基づくものである。

すなわち、右売買契約の締結に当たつては、第一審原告の学校建設委員であつた高野利兵衛(町会議長)、丸山卯作(町会議員)、宮崎富次(町会議員、農地委員長)らが昭和二二年一〇月ころから頻繁に米吉宅を訪れて本件土地の提供を求め、当時農地解放に絶大な権限を振るつて農民から恐れられていた宮崎富次が「本件(一)土地を提供しなければ、法律で強制買収する。」などと言つて米吉を強迫したため、米吉はやむを得ず右売買契約に応じたものである。

そこで、米吉は、昭和三〇年二月一二日付け内容証明郵便をもつて第一審原告に対し、右売買契約取消しの意思表示をした。

五  原判決一〇枚目表四行目の次に行を改め、次のとおり加える。

3 3の事実は否認する。

六  原判決一〇枚目表六行目冒頭から原判決一三枚目表一〇行目末尾までを次のとおり改める。

1  請求原因

(一)(1) 第一審原告は、昭和二三年三月ころ、亀作から秩父町立第一中学校用地として四筆の土地を買い受けたが、その際、亀作の希望により買収の対価の一部として、亀作が希望する米吉所有の本件(一)土地を取得させることを約した。

(2) そして、第一審原告は、昭和二三年四月七日ころ、本件(一)土地を亀作に提供することについて米吉の了解を得た上、同人から本件(一)土地を買い受け、本件(一)土地代金として七七五八円ないし七七五九円を同人に交付し、米吉は異議なくこれを受領した。

(3) したがつて、第一審原告と米吉との間においては、第一審原告を要約者、米吉を諾約者、亀作を第三者として、米吉から亀作に対し、本件(一)土地の引渡し及び農地法所定の許可申請手続並びに所有権移転登記手続をなすことを内容とする第三者のためにする契約が成立し、亀作はこれを承諾したものである。

仮に、右契約が明示的に成立しなかつたとしても、亀作はその後本件(一)土地の占有を開始し、米吉はこれに何らの異議を述べなかつたのであるから、黙示的に右契約が成立したものというべきである。

(4) 亀作は昭和二五年三月一九日死亡して同人の予定吉が本件(一)土地に関する同人の権利義務を相続により承継し、定吉は昭和五〇年七月三〇日死亡してその養子である参加人が本件(一)土地に関する同人の権利義務を相続により承継した。

(二) 仮に右第三者のためにする契約が認められないとしても、第一審原告と亀作との間においては、第一審原告の責任において米吉から直接亀作に対し本件(一)土地の引渡し、農地法所定の許可申請手続及び所有権移転登記手続をさせること、米吉に支払うべき代金は第一審原告が亀作に支払うべき土地四筆の売買代金の一部をもつて充てることの合意がなされ、右合意を前提として第一審原告と米吉との間において右(一)前段のとおりの合意が明示的又は暗示的になされた。

(三) 仮に右(一)、(二)が認められないとしても、本件(一)土地につき次のとおり取得時効が完成した。

(1) 亀作は、昭和二三年七月ころ、右(一)、(二)の契約ないし合意に基づき米吉から本件(一)土地の引渡しを受け、その占有を開始したが、占有開始に当たり右土地が自己の所有に属すると信ずるにつき過失がなかつた。

そして、本件(一)土地は、昭和二三年七月ころから亀作によつて自作地として耕作されていたが、亀作が死亡した昭和二五年三月一九日ころから亀作の子である定吉及び参加人がこれを耕作し(亀作の妻コトは本件(一)土地に関する相続権を事実上放棄)、定吉が昭和五〇年七月三〇日に死亡した後は、その養子である参加人が本件(一)土地を自作地として耕作し(定吉の妻チヨ及び養子りんは本件(一)土地に関する相続権を事実上放棄)、今日に至つている。

(2) したがつて、亀作が本件(一)土地の占有を開始した時から一〇年を経過した昭和三三年七月ころ、定吉のために本件(一)土地の取得時効が完成した。

また、仮に右(1)の無過失の事実が認められないとしても、亀作の右占有開始から二〇年を経過した昭和四三年七月ころ、定吉のために本件(一)土地の取得時効が完成した。

(四) 米吉は昭和四六年四月二二日死亡し、その子である第一審被告らは相続人として米吉の権利義務を承継するとともに、同年一二月一六日本件(一)土地について第一審被告らの持分各四分の一とする相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

(五) よつて、参加人は第一審原告及び第一審被告らに対し、本件(一)土地が参加人の所有であることの確認及び第一審被告らに対し、主位的に、本件(一)土地について、秩父市農業委員会に対する農地法三条による所有権移転許可申請手続及び右許可がなされたときは、昭和二三年四月七日売買を原因とする所有権移転登記手続、予備的に、本件(一)土地に対する各四分の一の持分について、昭和二三年七月(日不詳)時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなすべきことを求める。

2  請求原因に対する第一審原告の認否

すべて認める。

3  請求原因に対する第一審被告らの認否

(一) 請求原因(一)(1)の事実は不知。

同(2)、(3)の各事実はいずれも否認する。

同(4)の事実は不知。

(二) 請求原因(二)の事実は否認する。

(三) 請求原因(三)(1)の事実中、亀作、定吉の死亡及びその相続関係は不知、その余の事実は否認する。

亀作はもとより、定吉、参加人も右土地占有の当初から右土地の真の所有者は米吉であることを知つていたのであるから、右土地が自己の所有であると信ずるにつき無過失であつたとはいえない。また、参加人が本件土地を耕作したことがあつたとしてもいわゆる日曜農業程度に過ぎない。

同(2)は否認する。

(四) 請求原因(四)の事実は認める。

(五) 請求原因(五)は争う。

3  第一審被告らの抗弁

(一) 第一審原告の請求原因に対する抗弁1と同じ。

(二) 同3と同じ。

(三) 第一審原告は亀作に対し、亀作が第一中学校敷地として第一審原告に売り渡した土地の対価である代替地が全部確定するまでの間の暫定的措置として本件(一)土地を耕作するように指示したものであり、亀吉、定吉及び参加人はいずれも当初から本件(一)土地の所有者が米吉であることを知つていた。

また、本件(一)土地は農地であり、農地法所定の許可を受けなければ所有権移転の効力が生じないものであるところ、参加人は、右許可を受けていないので所有の意思があつたということはできない。

以上により亀作、定吉及び参加人らはいずれも本件(一)土地を所有の意思をもつて善意、平穏に占有したものではない。

(四) 定吉及び参加人は、昭和三六年二月七日米吉に対し、昭和三九年二月一一日及び同年三月一七日米吉の代理人である第一審被告吉川八三に対し、本件(一)土地が米吉の所有であることを承認したので本件(一)土地の二〇年の占有に基づく取得時効は中断した。

(五) 定吉及び参加人は、昭和二九年一〇月ころから昭和三一年一〇月ころまで本件(一)土地の占有を放棄したので、仮に亀作が昭和二三年七月ころから本件(一)土地の占有を開始したとしても、短期、長期いずれの時効取得も成立しない。

また、仮に定吉及び参加人が昭和三一年一〇月から再び本件(一)土地の占有を開始したとしても、右両名は、昭和三五年一〇月から昭和三六年一一月まで本件(一)土地の占有を放棄したので、短期、長期いずれの時効取得も成立しない。

さらに、仮に定吉及び参加人が昭和三六年一一月から再び本件(一)土地の占有を開始したとしても、参加人は昭和五五年二月八日に本件訴訟に参加したものである以上長期の時効取得は成立しない。

4  抗弁に対する参加人の認否

抗弁(一)ないし(五)の各事実はいずれも否認する。

理由

第一第一審原告の請求について

一第一審原告は、遅くとも昭和二三年四月七日には本件(一)土地を吉川米吉(以下、「米吉」という。)から買い受けたと主張するので、先ずこの点について検討する。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1  第一審原告は、昭和二二年ころ、秩父町立第一中学校(当時、第一審原告は町であつた。)を新設することとなり、当時第一審原告の学校建設委員をしていた高野利兵衛(町会議長)、宮崎富次(町会議員、農地委員会会長。以下、「宮崎」という。)、丸山卯作(町会議員)などに、その用地買収を委任した。

2  宮崎は昭和二二年一〇月ころ亀作に対し、同人所有の秩父市金室町三三九九番学校用地一六八九・二五平方メートル、同所三〇一六番学校用地一三五二・〇六平方メートル、同所三〇一四番二学校用地六一六・四九平方メートル、同所同番三学校用地一一八〇・一六平方メートルなど(以下、「亀作提供地」という。)を右学校敷地として提供するように求めたところ、亀作は右土地と同程度の代替地を要求した(なお右学校用地の地目は第一審原告への提供後のものである。)。

他方、宮崎は、米吉に対しても右学校敷地として同人所有の農地である秩父市大字大宮字皆木三三九五番一畝及び三三九七番一畝二歩を提供するように求めるとともに、亀作に提供すべき代替地として米吉所有の本件(一)土地を提供するように求めた。

3  米吉は、当時、農地解放によつて約一町歩の農地を失つたところであり、その上さらに学校用地の提供によつて土地を失うと農業に支障があると考え、宮崎の右申入れを拒否したが、宮崎らの再三にわたる説得を受けたため、とりあえず学校敷地部分の買収には応じることにしたが、代替地の提供についてはなお消極的な態度を示していた。

4  ところが、宮崎らは、亀作に対する代替用地を提供するようさらに強く要求したため、米吉は、同年一二月ころ、農地解放により米吉から買収され同年一〇月二日高野一郎に売り渡された原判決目録(二)の土地五畝一四歩(売渡時における登記簿上の面積は五畝六歩。以下、「高野所有地」という。)を返還してもらえるならば、本件(一)土地を提供してもよいと返答したところ、宮崎は米吉の右申入れを確約した。

なお、高野所有地は、もと米吉の所有であつたが、米吉の息子である第一審被告吉川八三(以下、「八三」という。)が戦争中に応召した際、同人が復員したときに返還してもらう約束で高野一郎の父己作に賃貸したものであり、八三が復員した後の昭和二〇年一〇月ころその返還を求めたところ、高野は麦の収穫が終わる翌年六月に返還する旨約束していたものであるが、その後自作農創設特別措置法の制定によりいわゆる農地解放が行われる情勢になり、宮崎からも、小作を続けていればいずれは小作人の所有となる旨聞かされたため、高野はこれを返還せず耕作を続け、結局同法により米吉から買収されたものであつた。

5  当時、米吉は本件(一)土地を耕作していたが、昭和二二年一〇月に大豆を収穫した後は耕作を止め、同年一二月ころ第一審原告に本件(一)土地を引き渡した。そして、秩父町長は、昭和二二年一二月二五日付けをもつて、米吉の本件(一)土地の提供を請ける旨の請書を同人に交付した。

6  ところが、宮崎は、昭和二三年三月ころ、米吉宅を訪れ、米吉に対し、「農地委員会において、一町五反以上自作している者に対しては代替地をやらないことに決定したので、高野所有地を返還することはできない。」と伝えたため、米吉は立腹し、宮崎の約束違反を激しく非難したところ、宮崎は、「承知しないのなら強制的に買収するだけだ。」と言い残して帰り掛けた。そこで、宮崎の態度に激昂した米吉は、傍らにあつたまきを振り挙げて宮崎を追い掛ける一幕があつた。

7  第一審原告は米吉に対し、昭和二三年四月一五日ころに前記三三九五番、三三九七番及び本件(一)土地のうち二畝二歩の代金として七六七二円八銭、昭和二五年五月一一日に本件(一)土地のうち七畝一歩の代金として三九二二円(後記算定額に一二銭不足する。)を支払つた。

なお、第一審原告は、「地代」、「耕作権」、「慰謝料、移転料」、「毛上代」などの価格を積算して前記学校敷地の買収価格を算定していたものであり、前記三三九五番、三三九七番及び本件(一)土地のうち二畝二歩については、右各項目を積算して前記買収価格を算定したが(地代二三八円〇八銭、耕作権四一三〇円、慰謝料・移転料二〇六五円、毛上代一二三九円)、本件(一)土地のうち七畝一歩については、耕作権及び毛上代の価格を積算せず、地代四〇五円一二銭、慰謝料三五一七円を積算したのみであつた(原審証人桑原朝吉は、右土地は米吉が自作しておらず小作させていたので耕作権価格を補償しなかつた旨供述しているが、前記認定のように、米吉は当時右土地を自作していたものである。)。

8  米吉は、学校敷地として買収された前記三三九五番及び三三九七番の買収についてはこれに協力する意思を有していたものであり、亀作に対する代替地の提供については、前記高野所有地の返還の約束が履行されていなかつたものの、本件(一)土地自体は買収されてしまつたものと考え、前記買収対価を受領したが、右受領の前後を通じ、約束どおり高野所有地を返還するか又はその代替地を提供するよう第一審原告に申し入れていた。

なお、米吉は、昭和二六年五月九日、三三九五番及び三三九七番の土地につき第一審原告に対する所有権移転登記手続を行つたが、本件(一)土地については、当時、第一審原告あるいは亀作から所有権移転登記手続を求められたことはなく、農地調整法所定の許可申請手続の履行を求められたこともなかつた。

9  米吉は、昭和二九年九月三〇日、前記学校敷地の買収について異議のあつた浅賀傳次郎ほか三名の地主とともに、秩父市長、市議会議長及び農業委員会会長に対し、前記学校敷地の買収問題解決の見通しがつかないので右敷地用地の売買契約を解約したいとの請願を提出し、昭和三〇年二月一二日、浅賀傳次郎と連名で、秩父市長に対し、学校用地に関する売買契約を解除する旨の通知をなし、同年二月一五日、本件(一)土地の売買契約の解除を原因として本件(一)土地代金(七七五九円)を供託した。

10  昭和三六年ころ第一中学校のP・T・A常任理事をしていた阿保一郎は、米吉と第一審原告との紛争につき私的に調停を試み、関係者から事情を聴取したところ、高野所有地を米吉に返還する旨の約束があつたことを認め、同年三月二五日、第一審原告は米吉に対し、①本件(一)土地に対する謝礼金として反当たり五万円を支払う、②高野所有地の返還に代えて二〇万円を支払う旨の調停案を作成したが、調停は不成立に終つた。

11  本件(一)土地の売買については売買契約書などの書面が作成されたことはなく、昭和三九年ころに至つて初めて、第一審原告が米吉に対し農地法三条の許可申請手続をするように求めたが、同人はこれを拒否し、それ以後本件訴訟提起に至るまで、第一審原告あるいは参加人、米吉らが第一審被告らに対し、農地法所定の許可申請手続及び所有権移転登記手続を求めたことはなかつた。

以上の事実を認めることができ、<証拠>中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、米吉は遅くとも昭和二三年四月七日ころまでには第一審原告に対し、本件(一)土地を売り渡すことを承諾し、そのころまでに右両者間に本件(一)土地の売買契約が成立したものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二第一審被告らは、本件(一)土地の売買については、高野所有地を返還する旨の条件が付されていたにもかかわらず、第一審原告がその約束を履行しなかつたので、右売買契約は解除されたと主張するので、この点について検討するに、前記認定事実によれば、米吉は、昭和二二年一二月二五日ころ、第一審原告から本件(一)土地の買収を委任されていた宮崎に対し、高野所有地の返還を受けることを条件として本件(一)土地の買収を承諾し、宮崎は米吉に対し右返還を確約したことが認められ、しかも右返還の合意は米吉が本件(一)土地の売買契約を締結するについての重要な要素(対価的要素)になつていたものであり、宮崎が右返還を約束しなければ、米吉は本件(一)土地の買収に容易に応じなかつたものと認められる。そして、右返還の時期については特に合意がなされなかつたが、第一審原告としては米吉の要求の趣旨に沿つて相当な期間内に右合意を履行すべき義務があつたというべきであり、第一審原告が右相当な期間内に右合意を履行しなかつた場合には、米吉は本件(一)土地の売買契約を解除することができるというべきである。

なお、前記認定事実によれば、宮崎は昭和二三年三月ころ米吉に対し、右返還の合意を履行することができない旨を告げたことが認められるが、右返還の合意が前記のような性質のものである以上、右合意を一方的に撤回ないし破棄することが許されないことはいうまでもない。

また、前記認定事実によれば、米吉は、宮崎から右返還の合意を履行することができないと告げられた後に本件(一)土地代金を受領したことが認められるが、米吉は右受領の前後を通じて宮崎の約束違背を非難し、第一審原告に対し、前記合意の履行又はその代替地の提供を求め続けていたことが認められるので、右代金受領の一事をもつて、米吉が宮崎のした前記返還合意の撤回あるいは破棄に同意したものと認めることはできない。また右代金受領によつて第一審原告が右売買契約における義務の履行を終えたものと認めることもできない。

そして、前記認定事実によれば、米吉は昭和二三年四月以降第一審原告に対し、高野所有地あるいはその代替地を提供するように求め続けていたにもかかわらず、第一審原告が相当な期間内にその履行をしなかつたため、米吉は、昭和三〇年二月一二日第一審原告に対し本件(一)土地の売買契約を解除する旨の通知をしたものと認められるので(右契約解除の通知があつたことは第一審原告と第一審被告らとの間においては争いがない。)、本件(一)土地の売買契約は右解除により効力を失つたものというべきである。

以上によれば、第一審原告の第一審被告らに対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二参加人の請求について

一参加人は、第一審原告と米吉間において、参加人を受益者とする本件(一)土地の売買契約(第三者のためにする契約)が締結されたとか、米吉から亀作に対し直接本件(一)土地の所有権移転許可申請手続などをする旨の合意がなされたと主張するが、前記第一及び後記二の各認定事実によれば、本件(一)土地は米吉から第一審原告に売買されたものと認めるのが相当であり、参加人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない(仮に、参加人主張のとおりであるとしても、前記第一において判示したように、第一審原告と米吉との間の契約は第一審原告の債務不履行により解除されたのであるから、参加人は右契約上の効果を主張することはできない。)。

二次に、参加人は本件(一)土地の時効取得を主張するのに対し、第一審被告らは参加人には所有の意思がなかつたと主張するので、この点について検討する。

前記認定事実並びに<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1 第一審原告は、前記第一において認定したように、昭和二二年ころ、第一中学校を新設することになり、その用地の買収を宮崎らに委任し、宮崎は同年一〇月ころ亀作に対し、前記亀作提供地の提供を求めたところ、亀作は右土地と同程度の代替地を要求した。

2  そこで、第一審原告は亀作に対し、秩父市桜木町三三七三番一畑三七六五平方メートルのうち一四八七・六〇平方メートル(以下、「加藤傳次郎所有地」という。)、同市金室町三〇四七番畑二一一九平方メートルのうち一九八平方メートル及び同所三〇五〇番畑二四六二平方メートルのうち一九三〇平方メートル(以下、「浅賀傳次郎所有地」という。)並びに本件(一)土地(以下、右全部を一括して「交換提供地」という。なお、第一審原告は当時交換提供地の所有権を完全に取得していなかつた。)を提供したところ、亀作は、本件(一)土地及び加藤傳次郎所有地については異存はなかつたが、浅賀傳次郎所有地は右両地から離れたところにあり場所が悪かつたので、代替地として取得することを拒否し、それに代わる土地を提供するように要求した。

3  ところが、宮崎は亀作に対し、取りあえず交換提供地を耕作しておかないと耕作権を放棄したものとみなしてこれを他に提供してしまうと言つて右交換提供地の引渡しを受けるように強要したので、亀作はやむを得ず暫定的に浅賀傳次郎所有地の引渡しを受けることとし、また、本件(一)土地については、第一審原告の指示により、昭和二三年七月ころから耕作を開始した。

4  しかしながら、亀作は浅賀傳次郎所有地を受け入れることを最終的に承諾したわけではなかつたので、引き続き浅賀傳次郎所有地に代わる土地を提供するよう要求し、交換差金四万〇二八四円二八銭の受領を拒絶したので、第一審原告はこれを供託した。

5  その後、宮崎は、昭和二五年三月ころ、亀作の息子の定吉に対し(当時亀作は入院中であり、同年同月一九日死亡した。)、前記交換契約を取り止め、亀作提供地は第一審原告が賃借することにし、交換提供地は定吉において買い受けてはどうかとの提案をしたので、定吉はこれを承諾したが、第一審原告において右賃貸借の許可申請の手続をしなかつたため、右提案は実現するに至らなかつた。

6  その後、定吉は第一審原告に対し、右賃貸借あるいは代替地の提供などを催促し、それができないのであれば、交換契約を解除する旨を申し入れていたところ、昭和三七年ころに至つて、第一審原告は亀作の相続人定吉及び参加人らを相手方として、秩父簡易裁判所に調停申立てをなし、同申立事件は、昭和三八年二月一五日不調で終了した。その際、定吉及び参加人らの代理人は第一審原告代理人に対し、代替地の提供を催告し、それができない場合には交換契約を解除する旨告知した。

7  定吉、コト、参加人らは昭和三八年六月秩父市に対し、前記交換契約については農地調整法四条の許可がなされていないから秩父市は亀作提供地の所有権を取得していないとか、交換契約は解除されたなどと主張して亀作提供地の返還を求める訴訟を提起し、右訴訟において、亀作及びその相続人らは秩父市の指示により交換提供地(本件(一)土地を含む。)の耕作を始めたに過ぎないものであり、秩父市は現在に至るまで交換提供地について農地法上必要な所有権移転の許可申請手続及び所有権移転登記手続をしないので、亀作及びその相続人らは交換提供地の所有権を取得することができず、不法耕作を続けているものであり、その間絶えず、その真実の所有者である浅賀傳次郎及び米吉からその耕作を脅かされているものであるなどと主張した。

8  そして、定吉及び参加人は、右訴訟の第一審において敗訴したが、控訴審において、昭和四九年一二月一五日、秩父市との間において(コトは昭和四〇年四月六日死亡)、亀作が昭和二三年三月二〇日町立第一中学校の敷地(現在秩父市立西小学校の敷地)として亀作提供地を秩父市に提供し、秩父市は亀作に対し交換提供地を提供する旨の交換契約が締結されたことを確認した上、秩父市は定吉及び参加人に対し右交換差金として四一五万円を支払い、定吉及び参加人は右金員支払と引き換えに秩父市に対し亀作提供地の所有権移転登記手続をなし、本件(一)土地については、本件訴訟の結果、秩父市が勝訴した場合には、秩父市の責任において、本件(一)土地につき、その所有名義人らをして定吉及び参加人に対し秩父市農業委員会の所有権移転許可を受けた上右交換契約を原因として右両名の共有名義に所有権移転登記手続をなさしめ、秩父市が敗訴した場合は、秩父市は亀作提供地のうちから本件(一)土地と同面積の土地を分筆した上これについて定吉及び参加人に対し所有権移転登記手続をなし、右両名は右土地を期間の定めなく、かつ建物所有の目的で秩父市に賃貸することなどを内容とする和解をした。

以上の事実を認めることができ、<証拠>中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、民法一八六条一項によれば、占有者は所有の意思をもつて占有するものと推定されてはいるが、占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、もしくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情があるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定すべきものであるところ(最高裁判所昭和五八年三月二四日第一小法廷判決。民集三七巻二号一三一ページ参照)、前記認定事実によれば、亀作は第一審原告の指示により昭和二三年七月ころから本件(一)土地の耕作を始めたとはいうものの、第一審原告が提供した交換提供地のうち浅賀傳次郎所有地については当初から異議を述べてその代替地を要求し、第一審原告が前記交換契約に基づき亀作に提供すべき土地は確定していなかつたこと、そのため、右交換契約に関する紛争が継続し、亀作の死後、その相続人である定吉及び参加人らは、右交換契約の効力を否定して亀作提供地の返還を求める訴訟を提起し、右訴訟において、終始、亀作及びその相続人らが本件(一)土地の耕作を始めたのは秩父市の指示があつたからに過ぎないものであり、秩父市は現在に至るまで本件(一)土地について農地関係法上必要な所有権移転の許可申請手続及び所有権移転登記手続をしないので、亀作及びその相続人らは本件(一)土地の所有権を取得することができず、不法耕作を続けているものであると主張していたこと、亀作及びその相続人らは、本件訴訟参加に至るまで、第一審原告あるいは第一審被告らに対し、本件(一)土地の所有権移転につき農地関係法上必要な許可申請手続及び所有権移転登記手続を求めたことは全くなく、その意思も有していなかつたことなどが認められる。してみれば、参加人は、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、もしくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたというべきであり、外形的客観的にみて第一審被告らの所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものというべきである。

(なお、前記認定事実によれば、亀作は交換提供地の提供を受けるにつき農地調整法所定の許可を受けていなかつたのであるから、亀作が本件(一)土地を占有するに当たつて、これを自己の所有であると信じたとしても、特段の事情がない限り、無過失であつたとは認められないところ、本件においては、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないので、仮に亀作又はその相続人がこれを時効取得するとしても二〇年の占有を要するものである。)

以上によれば、亀作及びその相続人らは本件(一)土地を占有するにつき所有の意思があつたと認めることはできず、参加人の時効取得の主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

よつて、参加人の第一審原告及び第一審被告らに対する本件請求はいずれも理由がない。

第三結論

以上により、第一審原告の第一審被告らに対する本件請求は理由がないので、これを棄却すべきであり、これを認容した原判決は失当であるから第一審被告らの本件控訴は理由がある。

また、参加人の第一審原告及び第一審被告らに対する請求はいずれも理由がないので、これを棄却した原判決は相当であつて参加人の本件控訴は理由がない。

よつて、原判決主文第一項を取り消した上、第一審原告の請求を棄却し、参加人の控訴及び当審における請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

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